建築家・長坂常と写真家・池田晶紀がゆったり巡る。東京銭湯、温故知新。
感染症への不安が高まり、入浴を通して保温保湿を常日頃から心がけたい今日この頃。時には近所の銭湯へ足を運んでみるのも一案だ。東京なら入浴料金、一律470円(税込み)。ワンコインで家の風呂とはひと味違う“極楽”を体感できる、我らの憩いの場。何百年と市民のコミュニティとして機能してきた背景に、代々継がれてきた伝統と、時代にインスパイアされて生み出される革新がある。
そこで、2020年8月のリニューアルで話題の〈黄金湯〉の設計を手がけたスキーマ建築計画の長坂常さんと、
東京の銭湯とサウナを愛する写真家の池田晶紀さんが都内の2軒の銭湯へ。
二人の目に映る、銭湯の“伝統と革新”とは?
写真:Koh Akazawa 文:Nao Kadokami
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タイムレスな居心地の良さに癒やされる〈タカラ湯〉。
まず二人が訪ねたのは昭和2(1927)年創業の北千住〈タカラ湯〉。
昭和13(1938)年に荒川と隅田川の中州に位置する現在の場所に移り、今も当時の建築が残る。宮造りの建築を前にした長坂さんは「立派な建物だなあ……」と、ぽつり。「ムダなものが何ひとつないです」(長坂さん)。隣で池田さんは「すっげ〜!」と目を輝かせる。長い歴史を物語る外観の趣は、建築家と写真家が一斉にスマホのカメラを向けるほど。高まる期待感を胸に暖簾をくぐる二人。
昭和のレトロな番台を通って脱衣所へ進むと、窓の外には手入れの行き届いた日本庭園。この庭は、改築当初に庭師であった初代店主が造り上げたものだ。「たまげた! こんなに綺麗な庭、維持するのも大変だろうに。光が本当にきれいだなあ……」と、今にもカメラを構えそうな勢いの池田さん。「天井が高い。都内でこのスケールはかなり稀少ですね」と、長坂さんも感心しきり。
〈タカラ湯〉のメインディッシュはここから。男湯側の内風呂には熱湯に電気風呂、ジェットバス、水風呂。女湯側には脱衣所に併設された縁側がない代わりに無料サウナがある。銭湯にあると嬉しいスペックがひと通り揃う。周辺に高い建物がないため、浴室の窓は曇りガラスでなく透明なガラスが使われている。よって浴槽に浸かりつつ、庭園や空を渡る鳥を眺めることもできるのだ。昭和から平成、令和へと移りゆく中で町並みは変わり続けるが、内湯から見える風景だけは昭和13年当時のまま。
伝統と店主の遊び心が織りなす、
唯一無二の銭湯。
銭湯の“王道”をおさえながらも、随所に個性が光るのが〈タカラ湯〉の持ち味。「開放感のある天井高や歴史を感じる柱の木材など、東京で戦前の建物かつ、それが普通に使われているのは稀ですね」(長坂さん)。「湯船や洗い場など浴室内のどこにいても、庭や動物の置物のような目に留まるものがあって、これがまた愉しい! 普段の生活で頭をよぎる難しいことを、ここでは考えなくてもいいなって思える。こういう時間を贅沢と呼ぶんでしょうねえ……」(池田さん)
〈タカラ湯〉が長年近隣の地元客に愛され、遠方からの入浴客も絶えない理由が垣間見えた。
今、東京で最も
革新的な銭湯〈黄金湯〉。
二人が次に向かったのは2020年8月のリニューアルオープン以来、都内の銭湯好きの間でホットな〈黄金湯〉。2010年代は都内にある銭湯の多くが改築によりモダンにアップデートされた。〈黄金湯〉はその流れに新たな風を吹かせた銭湯なのだ。
創業88年を迎えて老朽化に伴う大改装を開始するも、ウィズコロナの時代に。しかしそんな最中、クラウドファンディングで目標金額を大幅に上回る資金を調達。長坂さんや今回のリニューアルをプロデュースした高橋理子さんをはじめ、アーティストの田中偉一郎さんや漫画家のほしよりこさんなどが参加し、前例のない革新的な銭湯に生まれ変わった。実は池田さんもクラウドファンディングで支援をした一人。到着するなり「わ〜、かっこいい!」と笑顔に。
浴室のあるフロアはマンションの1階部分にあたるが、高めの位置にガラスがあり日中は自然光が浴室を照らす。内風呂は男女ともに薬湯、炭酸泉、熱湯、水風呂で構成されており、永遠に温冷交代浴をしてしまいそうだ。
フィンランドを想起させる一等級のサウナ。
〈黄金湯〉で“革新”を最も感じさせるのがサウナ! 長坂さんは以前フィンランドでサウナに入り、その快にハマった。
「サウナ後に大きな湖に飛び込み、湖畔で“ととのう”。あの感覚が懐かしく、できる限り再現したいという思いで、オーナーの新保ご夫妻に“フィンランドをイメージして造ります”と伝えました」(長坂さん)
男湯側のサウナスペースにはオートロウリュに加え、水深約90㎝と深めの浴槽にしっかり冷えた水を湛える水風呂、オープンスカイの外気浴スペースを併設。
「サウナストーブが低めの位置にある設計はフィンランドでは定番ですが、日本ではそう多くない。さらに天井とストーブの間隔からも、サウナ効果を第一に造られていることがわかります」(池田さん)
「目のつけどころがさすが(笑)」(長坂さん)
「水風呂と外気浴の間にサウナの醍醐味があることを考慮した設計……長坂さん、もう“1ラウンド”行きましょう!」(池田さん)
入浴の至福は風呂上がりも続く。エントランスにある番台兼ビアバーの“番台バー”では〈黄金湯〉限定のクラフトビールをはじめ、ドリンクが充実。番台内のDJブースから流れる曲をBGMに、ごくりと一口……快感のゾーンにどっぷり。「男湯と女湯は壁が両者を隔てていましたが、番台バーではその垣根を越えて、みんなで輪になって飲む。そんな光景を浮かべて設計しました」(長坂さん)、「五感で楽しむ入浴は、インターネット中心の現代にはとっておきの体験。ああ、幸せ。長坂さんにカンパ〜イ!(笑)」(池田さん)
日本古来の知恵による“伝統”と時代を反映するカルチャーの“革新”、両方がクロスする場である銭湯は、身近な非日常空間。今日の仕事帰りや羽を伸ばしたい休日に足を運び、日々を元気に過ごそう。
プロフィール
長坂 常ながさか・じょう
1971年生まれ。建築家。98年東京藝術大学美術学部建築学科卒業。同年、スタジオを立ち上げてスキーマ建築計画を設立。近年は〈黄金湯〉のほか〈ブルーボトルコーヒー〉や〈ドシー(℃)〉などを手がける。
池田 晶紀いけだ・まさのり
1978年生まれ。写真家。2006年、写真とデザインの会社〈ゆかい〉を設立。サウナ愛が深く、 2021年春にはクリエイティブディレクションを担当するサウナのあるオルタナティブスペース〈神田ポートビル〉がオープン予定。