金継ぎ：より強く、美しく

金継ぎの起源には諸説ありますが、15世紀頃に、時の将軍・足利義政が愛用の茶碗を割ってしまったことがその始まりの一つとされています。義政が割れた茶碗を中国へ修理に出したところ、鎹（かすがい）と呼ばれる見栄えのしない金属の留め具で補強されて戻ってきたことに落胆したそうです。そこで日本の職人に依頼したところ、割れた箇所を漆でつなぎ、金の粉で装飾されて戻り、茶碗は完全に修復されただけでなく、唯一無二の美しいものに生まれ変わったと、将軍は大喜びしたという話です。

金継ぎとは、このように割れたり欠けたりした陶磁器の破損した部分に漆を塗って繋ぎあわせ、金や銀の粉を装飾して修復する日本の伝統的な修復技法です。別名「金繕い」とも呼ばれるこの技法は、他の修理技法とは異なり、壊れた部分の"キズ "を一つの魅力として扱い器の割れ目を芸術的に際立たせ、本来なら使えなくなってしまったものを世界に一つしかない器に再生させます。新しいものを買うのではなく、修理して魅力的に仕上げるこの無駄のない技法は、サステナビリティのお手本ともいうべきものです。

杉並区にある「手仕事屋久家（てしごとやくげ）」は、陶芸を始めて約50年、金継ぎを始めて40年の工房です。新高円寺駅から徒歩10分ほどの場所にある店舗には、金継ぎが施された陶磁器が所狭しと並んでいます。

「手仕事屋久家」は夫婦で経営しており、金継ぎ修理サービス、金継ぎワークショップ、ぐい吞み作りワークショップなどを行っています。金継ぎワークショップの所要時間は約2時間半で、参加者は壊れた陶磁器を持参して修理することも可能です。

「金継ぎは、壊れたものをより強くすることができるんです。つまり、たとえ壊れたとしても、新たな力を得て前に進むことができるのです」と久家さんは目を輝かせながら教えてくれました。金継ぎの魅力を知っていくにつれ、その魅力は久家さんの人生の指針ともなっていったそうです。

金継ぎのワークショップには世界中から多くの人々が訪れており、壁にかけられたカレンダーは予約の書き込みでいっぱいです。店内には、ドイツ、ブラジル、フランス、アルメニア、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど、参加者の出身国の国旗が飾られています。「ワークショップに参加すると、幸せな気分になれるとよく言われます」と久家さん。金継ぎは、割れた食器を再利用することやウルシの木から抽出した天然漆のみを使用するなどの環境にも優しい技法であることに加えて、日本の伝統文化に触れることができるため、サステナブルな体験を求める旅行者にとって、これ以上にない体験なのかもしれません。「物を大切にする文化は重要です。そして、日本独自の伝統文化を継承していくことも必要だと思います」と久家さんは話してくれました。ワークショップで完成した金継ぎの器によって、参加者の過去の思い出と、日本の伝統文化に触れた新たな思い出が繋がれます。

東京の八王子にも、代々続く伝統工芸「多摩織」があります。多摩織とは、八王子で発祥した5種類の織物の総称です。八王子はかつて桑の都と呼ばれ、養蚕や製糸を含む織物業で日本有数の産地として発展しました。100年以上の歴史を持つ「澤井織物工場」では、その伝統を受け継ぎながら、スカーフやハンカチ、洋服など、現代のファッションに多摩織を取り込んでいます。また、澤井織物工場では、八王子の伝統工芸を身近に感じてもらうため、国から認定された伝統工芸士によるワークショップを開催してコースターやランチョンマットといった小物を織る体験ができます。さらに、若い世代が多摩織に触れる機会を増やすため、積極的に多くのアパレルメーカーと提携するなど、様々な方法で歴史ある技術の継承に取り組んでいます。

藍染：「ジャパンブルー」を生み出す自然の芸術

東京の西部に位置する青梅市は、昭和レトロな雰囲気が漂う知る人ぞ知る、魅力あふれる街です。かつて青梅宿と呼ばれた青梅駅前の市街地では、レトロな建物や時代を感じさせる看板を目にすることができます。そんな青梅市は、ノスタルジックな街としてだけでなく藍染の街としても知られ、江戸時代には「青梅縞（おうめじま）」と呼ばれた縞模様の着物が大流行しました。「ジャパンブルー」と呼ばれて海外からも広く親しまれる藍は、日本を代表する伝統文化のひとつといえます。ここでは、藍染がどのような技術で、どのように受け継がれているかを見ていきましょう。

天然藍染は完成までに1年ほどかかります。まず、藍の葉とその他の天然素材を採取し、乾燥・発酵させて藍色を作るのに欠かせない染料である「すくも」を作るところから始まり、天然素材を加えた「すくも」をさらに発酵させ、染液をつくります。

この天然の染液は有害な化学物質を含まないため環境に優しく、染料としての役目を終えると、肥料としてリサイクル可能です。また、伝統的な藍染の衣服には、天然の抗菌作用、防虫作用、紫外線遮断作用など、さまざまな効果があります。化学染料で染めた衣服に比べ、色あせが少ないため、長持ちするのも魅力です。

現在、藍染の衣服の多くが合成染料で染められる中、青梅市で100年以上続く老舗メーカー「壺草苑（こそうえん）」は、伝統的な染め方にこだわっています。「江戸時代の藍染料の製造者が行っていたのと同じ手法でやっています」と、壺草苑の村田敏行社長は話します。染料の入った桶に手袋もつけず腕をいれる職人の姿を横目に、「染料はすべて天然成分で出来ていて安全なんです。だから手袋は必要ないんです。」と続けます。

また、壺草苑では藍をより身近に感じてもらうためにハンカチやバンダナ、ストール、Tシャツなどを自分で染めるワークショップを定期的に開催しています。コロナ以前は、ワークショップ参加者の約6割が外国人観光客で、その多くが欧米人だったそうです。「植物からあんなに豊かで鮮やかな色が出るのかと、毎回驚かれますよ」と村田さんは嬉しそうに言います。壺草苑では、ワークショップや製造工程の見学を通して、藍染とその伝統的な技法を広く伝える取り組みをしています。「天然藍染と人工藍染の違いを教え、意識を高めていくことが大切なんです。そうしなければ、この技術は消えてしまう」と村田さん。

さらに現在、壺草苑はカジュアルな洋服づくりにも力を入れ、より多くの人に藍染の製品を使ってもらうための取り組みも行っています。「伝統的な文化を守ることだけに専念はできません。革新的な文化に取り組むことも必要なんです」と村田さんは言います。

壺草苑の製品に触れたり、ワークショップに参加したりすることで、村田さんが先人たちから引き継ぐ知恵や技術、そしてその意志を感じとることができるのではないでしょうか。

東京の伝統工芸を未来につなぐ

これまで紹介した金継ぎ、藍染、多摩織は、東京の伝統工芸・技術のほんの一部に過ぎません。都内には、まだまだ多くの伝統ある産業が存在しています。それらの伝統を守るため、都内自治体では、国内外の観光客に東京の伝統を知ってもらおうと、さまざまな取り組みを始めています。

すみだ3M（スリーエム）運動

墨田区は、区境を流れる隅田川にちなんで名づけられました。日本一高い電波塔である東京スカイツリーがあることで先進的なイメージがある地域ですが、実は伝統的な工芸品や製造業の拠点として栄えてきた歴史ある地域です。明治時代から時計、靴、鞄、石鹸などの日用品が生産され、現在も多くの職人や工場が残り、品質の高い製品が生産されています。

1985年、墨田区は地域の産業振興と地域活性化のために「すみだ3M（スリーエム）運動」を開始しました。3Mとは、「小さな博物館（Museum）」、「工房ショップ（Manufacturing shop）」、「マイスター（Meister）」の3つの頭文字をとったもので、3つを有機的につなぎ合わせ、優れた産業と生産品の評価を促すともに、ものづくりの素晴しさや大切さをアピールする運動です。墨田区の産業の継承と振興を目的としたこの運動は、東京の文化的な持続可能性を示す好例といえます。

「3M運動」では、「すみだを代表する付加価値の高い製品を創る技術をもつ職人で、その技術を普及し、後進の育成に努めている方」を「すみだマイスター」として認定しています。墨田区webサイト内の「「3M運動」の推進」公式ページでは、ハサミ職人、刺繍職人、箸職人、伝統人形職人など、個性豊かな職人たちを数多く紹介しており、工房の場所やワークショップ情報などが閲覧可能です。他にも、墨田区のwebサイトでは「マイスター」以外の2つのM、「小さな博物館」と「工房ショップ」の認定事業者も見ることができるため、誰でも観光客や買い物客として博物館や工房を訪れることができます。さらに、墨田区ではフェイスブックやツイッターのアカウントも開設し、工芸品や製造業のPRをしています。

これらの情報を集約・整理することで、人々は地域の伝統工芸やものづくりをより身近に感じ、親しむことができます。「3M運動」は、職人たちが自身の技術価値を更に理解するきっかけづくりとなるとともに、人々がすみだのものづくりの価値や歴史を理解する上で貴重な機会にもつながっています。こうした活動を通じ、墨田区の職人たちはものづくりを発展させるとともに、技術と知識を次の世代に伝えているのです。

江戸たいとう伝統工芸館

隅田川の西側に位置する台東区は、昔の面影を残す風情ある街並みで知られています。浅草寺のある浅草には「江戸たいとう伝統工芸館」があり、観光客や訪れる人々が伝統工芸の魅力を知ることができます。

江戸時代、浅草は歌舞伎や人形浄瑠璃などの伝統芸能の街として賑わい、それを支える職人も多く集まる場所でした。それら職人が台東区の工芸を国内外の人々に紹介することを目的に、江戸たいとう伝統工芸館は2019年3月にリニューアルオープンしました。施設内では、様々な業種の工芸品約250点を常時展示し、職人の実演を間近で見学できる会や工芸品づくりの体験会も開催されています。墨田区同様、台東区の工芸品を紹介し、観光客と職人を結びつけながら重要な伝統を守り、継承する役割を担っているのです。

過去を紡ぎ、新たな未来へ

近代的なイメージの強い東京でも、日本の伝統工芸・技術は継承され、何世代にもわたって受け継がれてきました。ワークショップ等に参加すると、その物語を語り継ぐ人々の情熱や想い、真摯な姿勢の一端に触れることができます。
また、伝統工芸・技術の多くは、天然素材を使用するなど環境に配慮したものが多く、サステナブルなものづくりを実践してきた先人たちの知恵があります。このように、伝統工芸・技術は文化的にも環境的にもサステナブルな産業であり、先人から紡がれてきた知恵や技術を大切にし次世代へ引き継いでいくことで、そのサステナビリティが守られるのではないでしょうか。