銭湯：分かち合いの文化

東京都の北東部に位置する台東区は、東京の中でも昔ながらの下町情緒が感じられるとして、観光客にも人気が高い街です。たとえば浅草寺や仲見世通り、そして銭湯もそのうちのひとつです。

台東区は東京23区の中で最も面積の小さい区でありながら、銭湯の数がとても多く、23軒もあります。江戸時代以降、銭湯は一般的となり、町民文化が栄えた台東区の街でさらに発展していきました。建物を解体する際に出た廃材を、お湯を沸かすために必要な大量の薪として使用するなど、自然とサステナブルな行動が生まれていたのです。浴槽の縁までなみなみとお湯が張られ、中に入ると勢いよくお湯が溢れ出ていくという銭湯の光景は、一見「もったいない」と感じるかもしれません。しかしこれもお湯の表面に浮かぶ汚れを排出し、最小限の労力で効率的にお湯をきれいに保つための知恵であり、サステナブルな行動といえるでしょう。現在では木造建築の減少に伴い薪の入手が困難になったため、ガスや電気を使用してお湯を沸かす銭湯が多くなりましたが、溢れ出たお湯もまた新しい水を温める熱として利用するなど、サステナブルな慣習は受け継がれています。

子どものころジュースやアイスを買ってもらったことなど、家族で銭湯に行った楽しい思い出を持つ方々がいらっしゃいます。銭湯は一日の終わりに身体を洗うためだけではなく、疲れを癒し、仲間とコミュニケーションをとる場としても親しまれています。「銭湯は癒しを感じることができるのが一番の魅力です。生い立ちや社会的立場は関係ありません、お互いが裸という着飾ることができないありのままの姿だからこそ、どんな人とでもつながりを持つことができるのです。」と、台東区浴場組合連合会 会長の北島鉱一さんは語ります。

銭湯は、地域経済を活性化させるだけでなく、日本の伝統文化を伝えられるという点でも、サステナブルツーリズムの一端を担っています。外国人観光客にとっては馴染みのない銭湯独自のルールやマナーがあるため、敷居が高く思われてはいないかという質問に、北島さんは「そんなことはありません。外国から来られる方の多くは、事前に日本の文化を調べてくださっているようで、とてもマナーがよく助かっています。」と微笑みます。北島さんの経営する銭湯では、外国人観光客が銭湯を満喫できるよう、簡単な英語の案内板が用意されています。「英語の得意なお客さんが助けてくれることもあります。『同じ釜の飯を食う』という言葉がありますが、ひとつの風呂に入浴することで、人とのつながりや地域との絆が生まれるという体験を楽しんでもらいたいです。」と北島さんは語ります。

台東区観光課観光担当係長の江畑州恒（くにひさ）さんは、「銭湯は、人とのつながりや地域社会との一体感を大切にする、この先も守っていくべき日本独自の文化です。」と語ります。実際に、台東区では銭湯を後世に残すため、観光客や若者と銭湯をつなぐさまざまな取り組みを行っています。InstagramやTwitterなどのソーシャルメディアを活用して情報発信するほか、営業時間前の銭湯を撮影できるフォトツアーや、浴場組合連合会と連携し、複数の銭湯を巡るとTシャツやタオルなどの景品がもらえるスタンプラリーを行っています。これらのプロジェクトには、それぞれの銭湯のちょっとした違いを知ってもらい銭湯の良さを改めて感じてもらいたいという想いがあります。

常に変化し続ける東京の街で、台東区の銭湯や下町の風情は、人々に昔ながらの文化を思い出させます。

日暮里繊維街の「もったいない」文化

台東区の北部に隣接する荒川区は、台東区と同様に活気ある下町情緒が色濃く残る街です。東京に唯一残る都電「東京さくらトラム」が下町の中を走り抜ける姿や国内最大級の繊維問屋街「日暮里繊維街」が懐かしさを感じさせてくれます。

日暮里繊維街は、余った生地や季節外れの生地などを販売するところからはじまり、今日まで栄えてきました。繊維街の中心となる日暮里中央通りには、着物や洋服から他では手に入らない小物の生地まで、あらゆる材料が揃う約90もの店舗が、1キロメートルにわたり軒を連ねています。近年では、コスプレやハンドメイドの人気も相まって、豊富な素材を求めて訪れる、幅広い層に人気のファッション拠点となっています。

安い服を大量に生産するファストファッションの流行は、環境への負荷が大きくサステナビリティに反していると、ファッション業界が批判されることも少なくありません。一方で、日本の伝統的な『もったいない』文化が根付いている日暮里繊維街では、サステナブルな慣習をいたるところで感じることができます。「『もったいない 』は日本人の心です。」と東京日暮里繊維卸協同組合 理事長の齊藤雅久さんは語ります。江戸時代、人々が着ていた浴衣は、仕立てる際に少しも布を無駄にすることがなかったそうです。そのため、使い古された浴衣は、縫い合わせをほどいてつなぎ合わせれば、再び大きな一枚の布に戻すことができ、赤ちゃんの布おむつや雑巾等に再利用されました。再利用後に燃やして出た灰は畑に撒かれ、土へと還っていく、このような一連の循環サイクルが形成されていたそうです。

日暮里繊維街では、服やバッグなどの製作技術を教えるワークショップも開催されています。ワークショップでは、余った材料を使いシュシュや ポーチ、ランチョンマットなどを作ることで、材料を無駄にせず最後まで使い切る方法を学ぶことができます。「サステナブルという言葉の意味を知らない人たちはたくさんいますが、サステナブルは『もったいない』文化に通じるものがあります。『もったいない』というこの言葉のおかげで、何世代にもわたってサステナビリティを実践しているお店がたくさんあります。」と齊藤さんは説明します。

毎年秋には、学生やアマチュアを対象としたファッションデザインコンテストを開催しています。2021年のテーマは「日暮里から発信するサステナブルスタイル」で、ファッション性とサステナブル性を兼ね備えたデザイン画が全国から5000点以上も集まりました。2022年のテーマ「ファッション・チャレンジ2022－パラダイムシフト×NIPPORI」では、サステナブル性に加え、新型コロナウイルス感染症の流行を経て生まれた新しい生活スタイルに適した服のデザインに、多くの参加者が挑戦しています。このようなテーマでイベントを行うことは、サステナビリティを広めるだけでなく、東京におけるサステナビリティへの関心の高さを示すためにも役立っています。

このように、日暮里繊維街は、「もったいない」の考え方をもとに、様々な取組を進めており、それらが自然とサステナブルツーリズムの推進につながっています。

小金井市で江戸時代にタイムスリップ

小金井市は、都心に近い豊かな自然に恵まれた街です。東京西部最大級の緑地である小金井公園は、春には数千本の桜が咲き誇り、都内を問わず多くの人が花見に訪れます。この緑豊かな公園の中に、『江戸東京たてもの園』という広大な野外博物館があります。ここでは江戸時代から昭和中期にかけて都内にあった文化的価値の高い建築物を移築・復元し、展示しています。

今回案内してくださったガイドのエリさんは、特別に着物姿で出迎えてくださいました。「着物は母から、帯は祖母からもらい受けたもので、草履の鼻緒は古い着物の生地を使っています。」と、説明します。リサイクル、リユース、再利用は、江戸の「ゼロ・ウェイスト社会」（ゴミが出ない社会）に不可欠な要素であり、そしてそれは江戸の建造物からも感じ取ることができます。

『江戸東京たてもの園』には、江戸時代中期から後期に建てられた大きな茅葺き屋根の民家があります。この茅葺き屋根は大変長持ちで、約40年ものあいだ屋根として使えたそうです。また、屋根が傷んで葺き替える際、茅は家畜の寝床へ、藁は雨よけの蓑や草履として再利用されました。加えて、茅や藁、泥を混ぜて作った壁は自然断熱材としても活用されました。さらに古くなると、かまどや風呂釜の燃料として燃やし、出た灰さえも陶器の釉薬や石鹸の代わりとして使われました。鉄やガラスは高価であったために障子や襖に使われた和紙は、若くて成長の早い木を原料に作られたことから、環境に優しいサステナブルなものでした。古くなった和紙もまた漉き直して再生紙とし、最後には燃やして灰にしていました。「江戸はゴミが出ない社会だったんですよ」とエリさんは話します。

江戸時代の家屋はすべて自然素材で作られており、まるごとリサイクルすることが可能でした。日用品も修理をして使い続けることが当たり前、新品を買うことは極端に少なかったといいます。このようなサステナブルな慣習が現代に受け継がれている理由のひとつとして、「付喪神（つくもがみ）という妖怪の存在があります。」とエリさんは言います。日本に古くから存在する伝承で、長年使い続けたものには魂が宿るが、大切にしなければ妖怪となり、ものを粗末にした人を祟るというものです。江戸時代に描かれた「百鬼夜行絵巻」の中では傘やしゃもじ、下駄などの日用品が化けた妖怪が描かれ、ものを大切にしなければならないという教えを次世代へと繋いできました。

「モノがなくリサイクルしていかなくてはならない当時の社会と、便利な現代社会とでは異なるため、サステナブルな江戸の慣習を現代でそのまま実践することは現実的ではありません。けれども過去は現代社会の問題や課題を解決するためのヒントを与えてくれます。」と江戸東京たてもの園学芸員の高橋英久さんは言います。それでも、資源を無駄なく利用し、ものに感謝するという昔からの考え方は大切であり、博物館での教育活動にも度々取り入れられるテーマとなっています。

『江戸東京たてもの園』では小学生を対象とした体験学習が行われ、そこで子どもたちは囲炉裏の使い方や灰の利用など、江戸時代のサステナブルな生活について学びます。「子どもたちは、このような活動が大好きです。」と高橋さんは顔を輝かせます。この活動は、年配ボランティアとの交流も加わり、次の世代へ江戸文化を伝えることへ繋がっています。

歴史や文化を残すことが大切な理由を、高橋さんはこう答えます。「『古きを訪ねて新しきを知る』と言いますが、過去を知り記憶することは、前に進むために必要なことなのです」と。
『江戸東京たてもの園』は、単に昔の建物を保存するという意味だけではなく、より良い未来を実現するために歴史を守り、次の世代へつないでいくという、重要な役割を担っています。

江戸と現代

江戸時代に発展した、資源を最大限に利用し大切にするサステナブルな慣習は、現代の東京にも伝統文化と共に息づいており、世界をも変えうるユニークな視点を提供しています。
銭湯での分かち合いの文化、日暮里繊維街での「もったいない」文化、江戸東京たてもの園に保存されている文化財等、サステナブルな慣習は東京の生活のさまざまな場面に溶け込んでおります。これらの慣習を体験し、学ぶことは、これからの東京・日本だけでなく、世界の国々のよりサステナブルな未来を実現するための大きな一歩となることでしょう。